Thursday, October 8, 2020


(translation pending) コラム:津波襲来時における保育施設の市街地避難対応力

保育施設では、目的地に向けた自律的な歩行が困難な乳幼児を預ける施設であるため、津波襲来など被害が地域的に広がる災害が発生した場合、市街地避難(市街地レベルの安全な場所への広域的な避難)の対応が困難です。東日本大震災により被災した保育施設は、岩手県・宮城県・福島県において722施設あり、この内78施設は津波等で全壊・半壊しました。建物被害が大きい一方、施設で保育中の乳幼児が亡くなったのは1施設の3人であり、事前の備えが人的被害の抑制につながったとされています(文献1)。一方、震災時に市街地避難を行った保育施設の多くの事例では、「事前の避難計画と異なる行動をした」、「避難場所への距離や避難経路の安全性を考え避難場所を変更した」、「スピードを重視した変更を行っていた」等と、避難先の選択が課題となりました(文献3)。

保育施設における市街地避難の態様は、自立歩行が困難な乳幼児を含む5歳児までの園児集団の行動能力や支援体制に規定されることから、避難場所が離れた場所にある程、避難所要時間が長くなり、避難困難性が高まると懸念されることとなります。今後の対策を検討する上では、避難経路の設定や誘導方法の適否を検証する手法を確立する方法が重要であり、そのためには、職員及び園児が力を合わせて市街地避難を行う能力(市街地避難対応力)を把握することが不可欠であると考えています。

そこで、私はこれまで宮城県気仙沼市や岩手県釜石市など、東日本大震災時に園児の市街地避難を行った保育施設を対象に、市街地避難対応力の形成過程とその有効性について現地調査を行いました(文献3)。調査結果として、ほとんどの施設において、地震発生直後に避難行動が開始されており、避難方法などが事前に計画されるとともに訓練で習熟されていたこと、施設周辺の人々との協力体制ができていたこと、避難手段である大型ベビーカーの整備がなされていたこと等が迅速な対応につながった要因として確認されました。しかし現状では、最初の避難目的地まで速やかに避難行動が完了していたとしても、その後、その場所において想定を超える津波、余震や津波火災等の危険性が高まったことから、別の場所まで二次避難や三次避難を行うこととなったケースが多くみられました。

例えば、気仙沼市潮見町における保育施設では、約1.4km離れた場所に高台がありましたが、高台に至る急な上り坂では避難しにくくなる懸念があり、震災前から避難先は約100m先に位置する3階建ての津波避難施設とされていました。そして震災時、独立歩行が可能な園児(3歳以上)は担任等の引率の下で歩行させ、独立歩行が出来ない園児(2歳未満)は職員が背負いや大型ベビーカー等を用いて、その建物まで避難が行われました。避難先の建物は2階まで水没し、全員の救出が確認されたのは翌々日の夕方でした。保育施設の職員によると、震災後の検証において、「避難先では、津波火災による延焼等の二次災害の危険性が甚大になるにつれて、建物内で園児の避難場所を何度も変更することとなった」、「2歳児を乗せた大型ベビーカーを操作するのは大変であったため、現行の誘導体制で高台まで避難することは難しかったと思われる」等の課題が挙げられたとのことです。

以上のような経験を踏まえ、現在、国内各地の沿岸部に位置する保育施設では、津波火災等の二次災害に備えるために、津波浸水想定区域外における避難場所や、火災等の心配が少ない津波避難施設を求め、より広域な市街地避難経路を確保する傾向にあります。特に独立歩行が出来ない乳幼児等の搬送手段として、4~8人乗りの大型ベビーカーの整備台数を増やすこととしている施設も少なくはなく、また、保育施設職員の裁量では限界があることから、地域コミュニティによる支援の確保等が課題となっています。そして最終的には、避難計画の有効性を評価する上で、避難する集団の避難行動特性を踏まえることが重要であると考えています。

そこで、私はこれまで神戸市沿岸部に位置する保育施設の協力を得て、保育園児の避難訓練の観測や実験に基づき、独立歩行が可能な園児の引率下の年齢別集団歩行速度や、大型ベビーカーを用いた避難搬送速度に関する研究を行ってきました(文献4)。現在も、保育施設の市街地津波避難に関する研究の継続と発展に取り組んでいる状況にあり、今後、南海トラフ巨大地震等に伴う津波襲来の危険性がある市町村にて研究対象地域を増やしていきたいと思っています。避難誘導や搬送器具の操作を行う保育施設職員の身体的負担に焦点を当てて、津波襲来時における保育園児の市街地避難を再現した実験・訓練を積み重ね、避難経路の段差や勾配の影響等を明らかにし、さまざまな避難シナリオの想定に対応する市街地避難対応力の評価手法を確立することを目指します。今後、沿岸部地域の自治体や保育施設と連携研究を実施する機会などがあるかもしれませんが、その際には、是非ご協力の程、宜しくお願いいたします。研究の成果を広く社会に公開するとともに、地域の防災対策の検討にお役に立てれば幸いです。

参考文献

(1)河北新報ニュース:保育所、津波襲来で明暗/犠牲少なく、毎月避難訓練で備え, 2011.10.4

(2)定行まり子,他:東日本大震災における保育所・学童保育所の被災実態と防災避難に関する研究,子ども未来財団平成23年度児童関連サービス調査研究等事業報告書,2012.7.5

(3)ピニェイロ アベウ タイチ コンノ, 津波襲来時における保育施設の避難対応と課題~東日本大震災での経験から考える, 第257回神戸大学都市安全研究センターRCUSSオープンゼミナール, https://doi.org/10.13140/RG.2.2.35346.27844, 2020.6.13

(4)ピニェイロ アベウ タイチ コンノ, 保育施設の市街地避難対応力に関する研究, 神戸大学学位論文, http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/thesis2/d1/D1006075.pdf, 2014.3.25